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談話室  第20話 大地震は「おお地震」か「だい地震」か
2004/10/03

NHKラジオで
 9月30日に車を走らせながらNHKラジオを聴いていたら、大地震は「おお地震」か「だい地震」か、という話をしていた。
 NHKのアナウンサーは「おおじしん」と読むように申し合わせていて、他の放送局でも概ね同じようだ、と言っていた。ただし一般にアンケートを取ったところ、「だいじしん」派が7〜8割、「おおじしん」派が2〜3割で、やがてはNHKでも「だいじしん」と読むようになるかも知れない、とも言っていた。
 「大」を「おお」と読むか「だい」と読むかは原則として次に続く言葉が訓読みの言葉か音読みの言葉か、による、しかし『原則には例外が付き物で』、その例外・「大」+音読みの言葉で「おお」と読むのが、「おおじしん」、「おおそうじ(大掃除)」、「おおぶろしき(大風呂敷)」、「おおぶたい(大舞台:もとは歌舞伎で立派な演技だったこと、今は大きい、または立派な劇場や競技場で演技や競技すること)」などだ、とのこと。ただし以上は車を運転しながら聴いたことなので聞き間違えているところがあるかも知れないが。

 なるほど、訓読みの言葉のアタマに付ける「大」は「おお」と読み、音読みの言葉の場合は原則「ダイ」と読む、というのはわかりやすい。しかし言うところの例外の、音読みの言葉のアタマに付けるときでも「おお」と読むものがある、というのは意外にたくさんある。

「大」を音読み言葉のアタマに付けて「おお」と読む例
 例えば、大一番、大火事、大仰(おおぎょう)、大具足、大系図(おおけいず:諸家の系図を集めたもの)、大袈裟、大御所、大雑把、大山椒魚、大鉦鼓、大庄屋、大所帯、大相撲、大勢、大宣旨(おおせんじ)、大代官、大太鼓、大旦那・大檀那、大入道、大判、大盤振舞、大百姓、大文字、大廊下、など。

 しかしここで気が付くのは、「大」+音読み語で「おお」と読むのは、いかにも時代がかった言葉、古くからある言葉であるように思える。

 大昔の日本語・やまとことばは語彙が少なかった。これは概念が少なかったことでもある。しかし中国から新しい概念とともに新しい言葉がもたらされ、日本人はそれらの中国語をそのまま日本語に取り入れた。これが漢語だ。それまでの日本人には春・夏・秋・冬の概念はあっても「季節」という概念はなかった。だから「はる・なつ・あき・ふゆ」の訓読みはあるが「季節」には訓読みはない。また日本人には「みどり」色は認識していたが、中国から「緑・碧・翠」の概念がもたらされた。しかしこれらの違いを理解した人は少なかったかも知れないし、それより今の日本人はほとんどその違いがわかっていないだろう。・・・私も含めて。

 古い時代に入った漢語は、その後もともとの日本語だったように錯覚され、言い換えれば日本語になじんでしまい、それらに「大」をつけても「おお」と読むものが少なからずあった、というのが実体だろうと思う。
 例えば呉音の言葉は飛鳥時代ごろまでに朝鮮半島経由で日本にもたらされた言葉だが、これよりもっと古くに入ってきた言葉に「竹(タケ)」「馬(ウマ)」「梅(ウメ)」などがある。これらは当用漢字音訓表では「訓」とされているが、もともと日本になかったもので、「タケ」の音が先にあって、そのまま訓にもなったか、またはのちに「チク」の音が入ってから「たけ」が訓になったか、という言葉である。これらに「大」をつけても「おおタケ、おおウマ、おおウメ」だろう。
 漢音は奈良・平安時代に中国から直接もたらされた言葉で、音読みの代表となっているが、それよりあと、鎌倉・室町時代に僧侶などが中国からもたらした漢字の読みに唐宋音(南宋〜元・明代の発音)がある。例えば「行燈(アンドン)」「提灯(チョウチン)」「普請(フシン)」「鈴(リン)」など。これらのアタマに「大」をつけても「ダイ」ではなく「おお」と読むのではなかろうか。「鈴」は漢音で読むなら「大鈴(タイレイ)」、より新しい唐宋音で読むなら「大鈴(おおリン)」になりそうに思う。
 漢音は固い発音で、いかにも中国から来た「外国語」のイメージがあるが、唐宋音の場合は前者とかけ離れた、日本語的な柔らかい響きがあって、漢音よりも新しく入ってきたのに「日本語」になじみやすいように思う。

 さて、最初から「大」が付いた言葉として中国からもたらされた言葉は当然ながら訓の「おお」ではなく、音読みで読まれた。8世紀の大宝令公家官制では式部省に「大学寮(ダイガクリョウ)」がある。また近衛府には「大将」がいた。これは「タイショウ」。

 では「ダイ」と「タイ」はどう違うか? ダイは呉音、タイは漢音である、と言えば簡単だが・・・・

「大」+漢字一文字は「タイ」が原則
 ここから「古市理論」だが、「大」一文字は「ダイ」と濁る、「大+音読みの漢字一文字」は原則として「タイ」と澄む。また「大+音読みの漢字二文字以上」は「ダイ」。
 これは日本では、先にもたらされた訛った呉音・「ダイ」が自然に身に付いてしまって、唐代に入った、いわば「King's English」である漢音の「タイ」は、文化人・公家・武家が盛んに使ったものの、なにかにつけて事が複雑になると「ダイ」の発音がアタマをもたげて来るのだ・・・

 「大+漢字一文字」で「タイ」と澄む原則の例は当然ながらたくさんあって、大意、大家(タイカ)、大火、大河、大海、大局、大曲、大気、大器、大義、大逆、大金(タイキン)、大挙、大系、大計、大差、大作、大成、大政、大衆、大将、大佐、大尉、大軍、大戦、大砲、大勝、大敗、大破、大敵、大国、大藩、・・・大木(タイボク)、大陸、大漁、大老などなど。・・・こうしてみると、「大」の音読みは「タイ」、という感じがしてくる。

 しかしこの「大+漢字一文字」で「タイ」と澄む原則には、次のような例外がある。

(1)仏教起源の言葉は「ダイ」と濁る。
 これはたくさんあって、大恩、大仏、大覚、大悲、大寺、大機、大悟、大師、大悲、大乗、大日、など。もともと仏教が呉音を採用しているからこうなるのであって、大覚寺、東大寺、大僧正、大千世界など文字数の多少に関わらず「ダイ」だ。仏教世界では「大衆」は「ダイシュ」と読むし、「大法」は「ダイホウ」と読んで優れた仏の教え・大乗の教えを意味する。これを「タイホウ」と読めば政治の世界で絶対に守らなければならない重要な法律のことになる。仏教に関する言葉で「タイ」と澄むのは「大刹(タイサツまたはタイセツ)」くらい。
 「大福」「大門」も仏教起源ではないかと思う。

(2)古代に呉音の言葉としてもたらされた官制や、物・観念などで「ダイ」と濁るものがある
 たとえば、大臣、大学、大工、大膳、大夫、など古代の官制・職名、大豆など中国原産の物、大吉・大凶・大寒などの観念。ただし大暑は「タイショ」。またこれらを起源として、現代の「大学卒業」を短縮した「大卒」。

(3)一部の固有名詞で「ダイ」と濁るものがある
 日本では、大山(山の名)、大東・大栄(地名)、中国等では、大都(元朝の都)、大越(昔ベトナムの地にあった国)など。

(4)おそらくは明治以後、あるいはそれに近い時期にできた新しい言葉は「ダイ」と濁る
 大脳、大腸、など西洋医学の導入で翻訳されたか作られた言葉。大円(数学、地理用語)。

(5)もともとの日本語(やまとことば)に漢字があてられ、それが音読されて「ダイ」と読むものがある
 大根(ダイコン)は、もとは「おおね」。大王(ダイオウ)は、もとは「おおきみ」か、あるいは中国渡来の言葉か。また、大刀(ダイトウ)は「おおがたな」、大弓(ダイキュウ)は「おおゆみ」からできた言葉ではなかろうか。

(6)「タイ」または「ダイ」と読む文字のアタマに「大」の字を付ける場合は「ダイ」
 大体(ダイタイ)、大隊、大腿。また、大大(ダイダイ)という言葉もあり、現在の「大々的」の語幹となっている。

(7)年号は「タイ」だったり「ダイ」だったり・・・
 「大」が付く年号を時代順に「タイ」を○、「ダイ」を●で表示すると、○大化、○大宝、●大同、●大治、●大永、○大正。

(8)最後に、私では説明できない例外
 大小、大地、大蛇、大胆、大尽(ダイジン)、大分(ダイブ・ダイブン)。
 なお、大名はもとは「大名田(ダイミョウデン)の所有者=大名主(ダイミョウシュ)」からできた言葉ではないか? また、大便はもとは「タイベン」と言ったらしい。


「大」一字の音読みは「ダイ」。なぜか
 「大」はそれ一字で「ダイ」と音読みする。これは意外に、「小」と対になった「大小」と言う言葉が大きな意味を持つような気がする。では「大小(ダイショウ)」はどこから来るか? 私はこれは、仏教語から来ているのではないかと思う。仏教世界で「大小」といえば、半分くらいは「大乗対小乗」という意味で使われるのではないだろうか。
 しかし神道では「大社(タイシャ)」「中社(チュウシャ)」「小社(ショウシャ)」と「大」の字は澄むし、軍事用語でも「大将(タイショウ)」「中将(チュウジョウ)」「少将(ショウショウ)」であるから、「大小」を「タイショウ」と読んでも良さそうな気がする。
 しかし「大小」は「ダイショウ」と濁る。だからこれは仏教起源の言葉ではないか? と考えるわけで、また「大小」が規範となって「大」一字も「ダイ」と濁るのではないかと考えるわけである。
 日本や中国の仏教は大乗教であり、大乗の「大」には、大きい、多い、広い、優れている、などの意味が込められている。
 ことによると、大小のほか、大地、大蛇、大胆、なども仏教起源の言葉かも知れない。・・・


これからは「ダイ」の時代?
 ついでになるが、「大」+漢字二字以上 では「ダイ」と濁るものがほとんどになる。例外は、大石寺(タイセキジ)のような固有名詞か、大気圧(タイキアツ)のような{タイと読む「大」+漢字一字}+追加する漢字 くらいではなかろうか。「大気圧」は「大気の圧力」だが、もし「ダイキアツ」と読むと「気圧が大きい」意味になりそうだ。「私が弾いたピアノの『大曲一覧』」という文があったら、やはり「タイキョク・イチラン」と「大」の字は澄む。

 明治期以後には新しい概念が欧米からいっぱい入ってきた。日本人は知恵を絞ってそれらをほとんど漢字二文字で表現し、結果として二文字の漢字語をいっぱい作った。この流れは以後も続き、最近こそ英語をそのまま使う向きも多くなったが、中国でさえ採用しようとする漢字二文字の和製漢字語がいっぱいあふれている。それらのアタマに「大」を付けると、「大」+漢字二字以上 の原則で「ダイ」と読む道理となる。大港湾、大空港、大都会、大自然、大法廷、等々。これがあまりに多いので、大地震や大舞台も「ダイジシン」「ダイブタイ」と読む人が増えてくる・・・いや、これでは意を尽くしていない・・・最近の学校教育の手抜きがこういう事態を招いているのではないか、大地震を「おお地震」ではなく「だい地震」と読む傾向は、若い人に多いのではないか、 ・・・こういう年寄りのボヤキが、この文を作らせた動機である。




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FURUICHI, Makoto