Furuichi's  Rainbow  Homepage    Index   Music   Lounge   Study   Link

談話室

 第42話 四日市では東海道に屋根が付き
                  道標には指差し絵が付く

2015/09/23


海蔵川〜萬古神社・法泉寺〜川原町は2013年3月10日。
今回は川原町〜三滝川〜近鉄四日市駅まで。

 

旧東海道は、三ツ谷(みつや)で国道1号線の東に分かれ一里塚を見て海蔵(かいぞう)川を渡る。

水車(みずぐるま)町、ご先祖はこの地に縁があった。太鼓町、子供のころここの銭湯に通った。

 
南、四日市宿の中心部へは、まだ三滝川がある。


廣重が描いた三滝橋        三滝橋 今昔     現代の、コンクリート製三滝橋


なが餅の、笹井屋

お店のHPから


汐見饅頭の、紅屋

下は私の現物撮影

紅屋の前のマンホールの蓋。廣重の三滝川の絵のデザイン。四日市にはこういうのが至る所にある。


指差し絵付き道標










すぐ江戸道 文化七庚午冬十二月建   すぐ京いせ道 ☛京いせ道☚ゑどみち

「文化7(年) 庚午 冬 12月 建」 と彫られている。1810年のことで、江戸時代後期にはなるが、このころに『指を差す』デザインとは斬新だ。とはいえ、浮世絵はゴッホなどヨーロッパの第一級の画家にも大きなインパクトと影響を与えているから、驚くことはないのかも知れない。


江戸時代、四日市は大名が泊まる本陣は中規模だったが、一般の旅客が泊まる旅籠は多くて、熱田の宮、桑名、岡崎、品川、箱根、浜松に次ぐ7番目だった。すぐ西に、京への東海道と伊勢への伊勢街道の追分があるからか。


お伊勢参りに向かう弥次さん喜多さんは四日市で、『やうやうと東海道もこれからは、はなのみやこへ四日市なり』。
その心は、(ようやく四日市まで来た。)この先花の都・京までは、四日ノうち(の旅程)だ。・・・実際は京−四日市間は3日が標準だったらしいから、4日のうちには間違いなく着く。


東海道は、諏訪神社前の先はアーケード街になる。

アーケードの柱は稲荷社の鳥居のような、赤黒模様。

この先、駅前通りまで、屋根付きの東海道=アーケード街=が続く。ここは諏訪神社の表参道。


路面には浮世絵のタイル画があったりする。

諏訪神社。1202年創建。右奥に稲荷社もある。


翌朝の帰途、近鉄特急の車窓から、鈴鹿山脈。


BACK


FURUICHI, Makoto