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伊勢の 『 古市 』
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T.河内から始まる、古市の系譜
U.伊勢の 『 古市 』。奈良から広がる 『 古市 』 。
1.伊勢の 『 古市 』
2.鈴鹿の 『 古市 』
3.奈良に興る 『 古市 』
4.九州に転じた茶の湯の 『 古市 』
V.とりあえずのまとめ
V.研究ノート
X .古市 Forum
1.伊勢の 『 古市 』
(1).弥次さん 喜多さんも訪れた、伊勢の古市の地
東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんは、伊勢参宮で
「 まだ宮めぐりもせぬうちに 」 「 今宵これから古市へ行こかいな 」
となる。さてその伊勢の古市とは?
江戸時代には 「 お陰参り 」 という伊勢神宮参拝が大流行した。 全国から一生に一度の神宮参拝だということでたくさんの人が訪れた。内宮と外宮の間に 「 古市 」 という一大歓楽地があり、参拝が終わった後にここで精進落としをするのが隠れた 「 お陰参り 」 の目的だったともいわれている ( 弥次さん喜多さんの場合は参拝もせぬうちに先ず精進落とし )。
最盛期の 「 古市 」 には70軒の遊郭があり、遊女は千数百人、芝居小屋3。江戸の吉原・京の島原と並ぶ日本三大遊郭の一つだったと言われ、またある本では日本最大の歓楽街だったと書く。なにせ伊勢の古市の 「 商圏 」 は全国。 天保元年 ( 1830 ) の3月から6月までの間に伊勢神宮を参拝した人数が4百万人を越えたという記録があるから 「 古市 」 に ” 詣でた ” 人数も相当なものだったろう。
また古市三座といわれた芝居小屋では 「 古市歌舞伎 」 が多くの人を集めた。ここは京・大阪の歌舞伎舞台への登竜門でもあった。
上の図は伊勢市の外宮、内宮と古市の位置関係を示す図、右は、その伊勢の古市の拡大図です。
伊勢神宮の外宮から内宮に向かう参道(図中で『旧参道』)のほぼ中間地点に、歓楽の町・伊勢の古市がありました。
なお、現在の伊勢神宮周辺は高速道路とインターチェンジ、接続道路などが新設され、ここで紹介した地図とはずいぶん様変わりしています。
伊勢の古市については、次の website で紹介されています。
伊勢市役所 http://www.city.ise.mie.jp/
『 古市参宮街道 』『 伊勢古市参宮街道資料館 』 記事あり。
愛知淑徳大学 谷沢明研究室 http://www2.aasa.ac.jp/people/kanare/
『 町並み紀行 』 から、『 伊勢・伊賀路 』 − 『 おはらい町 − 門前町 』 と進むと
伊勢の古市の紀行記事
がある。
(2).伊勢の古市の地はいつ頃できたのか
この 『 伊勢の古市 』 の地名起源については、18世紀・享保年間の書物に
「 古市は古市場と言ったと聞いている。昔この地に市場があったのだろう。興国三年(1342)の書状に 『 古市 』 の地名が出てくるから、それ以前に市は絶えていたのだろう 」
との記述がある。
しかしこの 『 伊勢の古市 』 よりももっと古くから ( 少なくとも興国三年
(1342)
より200年以上前から ) 伊勢の国には 『 古市の地 』 が存在した。 『 鈴鹿の白子
( しろこ )
の古市 』 である。
時は平安末期にさかのぼる・・・
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T.河内から始まる、古市の系譜
U.伊勢の 『 古市 』。奈良から広がる 『 古市 』 。
1.伊勢の 『 古市 』
2.鈴鹿の 『 古市 』
3.奈良に興る 『 古市 』
4.九州に転じた茶の湯の 『 古市 』
V.とりあえずのまとめ
V.研究ノート
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FURUICHI, Makoto 2001/08/05