日本書紀からの『ふるいち』研究ノート
2.古くからの市の町説(1)

 日本語を考える場合、漢字にとらわれると大きな間違いを犯す畏れがある。もとからあった日本語にあとから漢字を当てはめた場合が多いからである。
 日本語=やまとことば=では、2つの言葉の発音が同じなら同根の言葉であるか、片方の言葉から別の方の言葉が派生した可能性を疑ってみることも必要ではないかと思う。いわゆる「訓読み」で同音の言葉は関係が深い言葉である可能性がある。これは外国語でも同じはずで、たとえば三国志に出てくる『張飛』の『張』も『趙雲』の『趙』も、わが国でこそ同じく『チョウ』と発音しているが、本家・中国ではそれぞれ『チヤン』『チヤオ』と別の発音だし、英語の『右』も『光』もわが国では『ライト』と発音するが、本家では Right と Light では別の発音だ

 しかし日本語では、逆にまず漢字・漢語があり、それに当てはめる日本語を作ったものも多い。これは日本にはなくて漢語(古代中国語)にはあった概念が輸入された場合である。こういう例は多い。
 そこでまず『ふる』と『いち』という日本語について考えてみる。ここで注意すべきことは、現代の発音ではなく古代の発音を考えなければならない点である。ものの本によると、『き・け・こ』などいくつかの音に対しては、古代では甲類・乙類の用字が行われていたことある。これは当然発音が違ったのだろう。しかし幸いにも『ふ・る・い・ち』の音については甲乙の別はなかったようだ。ただし「い」と「ゐ」は全く別の音であるので混同しないようにしなくてはならない。
 まず『ふる』について、下のような分け方が適切かどうかわからないが思いつくまま書いてみよう。ついでに『いにしえ』という言葉も=当然『ふる』とは別の言葉だが=載せておこう。

日本語
意味参考(イメージされる言葉)
ふる



今も続く古いもの
古くからある(いる)もの
古くなって寂れた(荒れた)もの
旧習・(旧体制)・古町(旧市街)・古顔・古翁(古老)・古株・古川・古馴染み・古傷(←生傷)・古井戸・古屋敷・古着
つい最近改まった古いもの(旧年中は・・・)
古い時代の古里(故郷)・古語・古言
ふる物を揺らす。揺れる。角度を変える振る・振れる
てらう学者振る
大地が振動する。体が小刻みに揺れる地震・震え声
常軌を踏み外す。心があっちを向く。気が狂れる
ふる雨・雪・涙などが上から下へ落ちる
ふるさわる。接触する
ふる
【布留】石上(いそのかみ)神宮がある地名。奈良県天理市布留。ここから『旧る』・『降る』・『振る』にかかる『石上(いそのかみ)』という枕詞もできた。
いにしへ【往にし方】遠く過ぎ去った昔古代・太古・遠い昔

 ここで検討するのは一番上の『ふる』である。
 『旧・古・故』は『ふる』と読みます、というのは漢語・漢文を読み下すとき=外国語としての漢語・漢文を考えるとき=には正しいが、日本語、やまとことばを考えるときには、『ふる』という言葉には漢語で言うところの『旧・古・故』の字義で表される一面がある、というのが正しい考え方ではないだろうか。
『布留』の関係は不明だが、他の『ふる』とは別物と考えてよいだろう。
 この『ふる』は『いにしえ(=往にし方)』と比べると比較的手近な『古さ』を表す意味が強いように思える。特に『旧』の字を当てた『ふる』には、『今も続く古いもの』という意味合いのものが多いように思われる。『古』の方はより一般的・包括的な意味での『古さ』を表すようである。『故』の字は、中国から『故郷(コキョウ)』という言葉が入ってから『ふるさと(=古里)』という和語に対応するので特別に『ふる』の読みを付けるようになったのではないだろうか。やはり中国からはいった言葉・『故人(コジン)』という言葉は和語の『ふる』の範疇からははみ出してしまう。
 日本書紀では河内の古市は最初は第7巻・景行紀で『旧市(ふるいち)』という字で登場するが、第14巻・雄略紀では『古市』の文字で登場する。そして第18巻・安閑紀では再び『旧市』という文字で登場する。
 『旧』の字は現代では『キュウ』と読み慣れていて『ふる』と読むには抵抗をおぼえるが、『旧』の字は実は略字・俗字の類であって、その本字は『舊』である。日本書紀の原典でももちろん『舊市』となっている。
 『舊』の字は部首が『隹【ふるとり】』であって、現代の文字・『旧』よりは『ふる』と読むのに抵抗が少ない。日本書紀で調べた『古』『舊』が出てくる言葉は 日本書紀研究ノート(1) のとおりである。

 上記のことから考えると、河内の古市は、古くから続いている『市』の町あるいは里であったことを意味するものと考えられる。『昔は市があった町・今は市が廃れた町』という意味では無かろう。 →NEXT


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